プロトレイルランナーとして私が長年取り組んでいるのが100マイル(160km)のウルトラトレイルというカテゴリーです。一昼夜寝ずに走り続け、登る総標高が10,000mを越えるようなハードなレースで、レース終盤は倦怠感と痛みに襲われ時にトップを走る選手でもその苦しさに耐えられずリタイアしてしまう厳しいものです。


 私も何度となくこの辛さに耐えてきました。もちろんこの局面を乗り越えるため、膨大な走り込みで持久力を極限まで高めるのですが、最も大切なのは最期まで「中庸な心」を保つことです。

 中庸とは過不足のない調和のとれた状態を示し、事を成すのに最も適した前向きな精神状態を意味します。平常心が普段と変わらない精神状態を意味するのに比べ、中庸な心は、心が揺れ動くことは予め想定し、如何に理想的なそれに戻すかがポイントになります。
 例えば私もレース終盤には「もうだめだゴールなんてとてもできない」、「日本から応援する人達にどう謝まればいいのだろう」と負の思考に囚われます。人間はネガティブな意思に従い体の機能は低下してしまうので、この思考は避けるべきと分かっていてもどうしてもこの考えに陥りがちになります。この時には敢えて感情のレベルを一旦低下させ、この悲惨な状況をむしろ僅かにでも楽しむメンタルを呼び起こすことで、前向きな心を呼び戻す心のマネジメントをしています。

 人生の中で絶対絶命な局面を打開する人は必ず、一旦は否定的な精神状態となっても、直ぐにポジティブな思考に戻す癖を習慣づけているようです。

 今のコロナ禍がまさに当てるのではないでしょうか。とかく不自由な生活を強いられ、時には様々な矛盾に憎しみや怒りを感じ心が疲弊してしまいます。

 感情は常に平静ないい状態に保つことなどできません。大切なのは自分はどんなに悪い精神状態になっても、自然とまたいい状態に戻せるんだと信じること。

振り子を思い浮かべるといいでしょう。振り子は一旦は左右に大きく触れても必ず元の位置に戻ります。それが中庸な心なのです。

 私もコロナ禍のなか、海外での挑戦ができない、アスリートとしての年齢のこと、家族のこと、そして将来への不安などなどいつも悩んでばかりですが、曲がりなりにもこうして生活を続けていられるのは、このことをレースの中から学び普段から実践しているからなのかもしれません。

 この思考法は普段から意識する癖をつけることが大切。是非とも皆さんも心がけて頂ければと思います。